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東京高等裁判所 昭和38年(ナ)12号 判決 1964年3月31日

原告 中野儀一 外二名

被告 新潟県選挙管理委員会

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立ての趣旨

原告ら訴訟代理人は「昭和三八年四月三〇日に施行された新潟県南蒲原郡田上村村長選挙について原告三名のなした選挙無効の審査申立てに対し昭和三八年七月二七日に被告のなした審査申立てを棄却する旨の裁決はこれを取り消す。前記選挙はこれを無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

第二原告らの主張

一、原告三名は何れも請求の趣旨掲記の選挙における選挙人であるが、右の選挙が無効である旨を主張して昭和三八年五月一一日田上村選挙管理委員会に対し異議の申出をしたところ同委員会は同年同月二五日申出棄却の決定をしたので、原告らは更に同年六月一〇日被告に対し審査の申立てをしたが、被告は同年七月二七日申立てを棄却する裁決をなし同月二九日その裁決書を原告らに交付した。

二、しかしながら、本件選挙は次の理由により無効であり、右の裁決は取り消さるべきである。

(一)  公職選挙法第四八条第二項、同法施行令第四一条によれば、代理投票の申請があつた場合には、投票管理者は投票立会人の意見を聞いて代理投票の事由の有無を判断し、その事由があると認めるときは当該選挙人の投票を補助すべき者二人をその承諾を得て定めその一人に投票の記載をする場所において投票用紙に当該選挙人が指示する候補者一人の氏名を記載させ、他の一人をこれに立ち会わせなければならない。本件選挙は四ケ所の投票所で行われ、その内第一投票所(田上小学校)においては六七票、第二投票所(羽生田小学校)においては四七票の代理投票があつたが右二投票所における代理投票の手続には次のような違法の点があつた。

(1) 第一投票所の管理者小柳清八郎及び第二投票所の管理者佐野四郎は何れも、代理投票の申請があつた際にその事由の有無を判断することも投票立会人の意見を聞くこともなさず、選挙事務従事者からの伝達をそのまゝ受容れて慢然と代理投票をなさしめ、自署による秘密投票の原則の例外として厳格に行われるべき代理投票の手続に違反した。

(2) 第一投票所においては、代理投票の補助者を定めず、仮に定めたとしても選挙人江部ヨキが投票した場合のように一人の補助者のみに投票用紙の記載をさせ他の一人の補助者の立会をさせなかつた事例が多数あり、また自署能力があり代理投票を許すことのできない選挙人松尾リヨに対し選挙事務従事者の一名において字が書けないだろうと申し向けて無理に代理投票をさせる等、明かに前記の代理投票の手続規定に違反した事実がある。同投票所で本件選挙につき代理投票をした選挙人吉沢ミワは同時に行われた村議会議員の選挙には自署投票をしたものであるが、同投票所における代理投票調書には同人が双方の選挙に代理投票をした旨が記載されており、このような事実からも同投票所で行われた代理投票の手続が如何に杜撰なものであつたかを窺い得るのである。

(3) 第二投票所においても代理投票の補助者を定めず、選挙人である山田スイ、大橋イシ、川又ミヨ、加藤フエ、水信ハツ、椿スイ、関本キヨ等が代理投票の申請をした場合のように補助者でもない選挙事務従事者の松原芳夫において立会人もなく投票用紙に代理記載をした事例が多数存し、これらは明かに代理投票の手続規定に違反する。同投票所で投票した選挙人近藤藤吉及び吉田ツヤの両名は本件選挙においては自署投票をしたのに村議会議員の選挙においては代理投票を許されており、このような事実から見ても同投票所における代理投票の手続がいゝ加減なものであつたことを窺うことができる。

(二)  本件選挙における有権者の総数は五、五五五人、投票総数は五、四八二票であり、立候補者は前村長の中沢倉次と新人の坂内淑男の二人だけであつた。そして有効投票中中沢候補の得票数は二、六〇六票、坂内候補の得票数は二、五八二票であり、僅か二四票の差で中沢候補が当選と決定されたが、投票総数中に代理投票数が一三七票あり、そのうち第一、第二両投票所の分だけで前記のように計一一四票の代理投票があつた。この代理投票が前述のように選挙の手続規定に違反してなされたものであるから、この違反は明かに本件選挙の結果に影響を及ぼすものといわねばならない。

(三)  前述のように本件選挙は両候補者の競り合いが激烈を極めたものであつたが、そのため中沢候補の選挙運動者等の内には同候補に当選を得させる目的で買収等の選挙違反をなして検挙され処罰されたものが多数生じた。すなわち同候補の選挙運動者坂井又治、同泉田石松が金品供与罪等により各懲役四月、執行猶予三年の判決を受け、同中沢保徳が饗応罪により罰金一万五千円の、選挙人藤田亀太郎が受饗応罪により罰金八千円の各判決を受けたほか、小柳キヨイほか一三名の選挙運動者又は選挙人が略式命令で饗応罪等により二万円から三千円までの罰金刑に処せられた。以上一八名のほかに同様の被疑事実につき捜査を受け起訴猶予となつたものが泉田安平ほか一八名あり、なおそのほかに中沢候補自身ほか二名のものが饗応罪等の嫌疑を受けたがその相手方四三名とともにその処分は未だ決定されていない状態である。このような広範囲に行われた買収等の選挙違反行為の存在は、それだけで本件選挙を無効ならしめる事由となるといわねばならない。蓋し公職選挙法第二〇五条第一項にいう「選挙の規定に違反することがあるとき」とは選挙の管理執行の手続に関する規定の違反があつた場合のみならず、選挙法の基本理念たる選挙の自由公正の原則が阻害されときをも指すものと解すべきであるから、本件選挙における前記買収行為の存在は明かに右の場合に該当するものというべく、それが選挙の結果に影響を及ぼすべき虞のあることも明かである。したがつて、本件選挙は右の事由によつて無効であるといわねばならない。

(四)  田上村選挙管理委員会が原告らの異議申出に対する決定の内に示した本件選挙の投票総数、有効投票数等は原告中野が同委員会であらかじめ選挙人名簿、投票録、開票録、選挙録を閲覧して調査し同委員会係員の確認を受けた数と相違している。殊に同委員会は右の決定中で代理投票の総数及び第二投票所における代理投票数を原告らの主張よりも何れも二票づつ少く認定したが、後にいたつてその誤りであつたことを認め、被告もまたその裁決書中で原告らの主張数の正しいことを認めた。この誤りを生じた理由についての被告の主張は首肯するに足りるものではなく、むしろ村選挙管理委員会が異議申出棄却の決定をした昭和三八年五月二五日当時は未だ前掲選挙関係書類が整理されていなかつたか若くは二重の簿冊が存するという事実を窺わせるものがある。かくの如きことが選挙の規定に違反するものであることは明かであるといわねばならない。

(五)  田上村選挙管理委員会は本件選挙に際し選挙権を有する坂之井チイに投票所入場券を配布せず、その娘で選挙権を有しない坂之井一枝に入場券を交付した。そのため坂之井チイは自己に選挙権はないものと誤信して投票をしなかつたが、このようなことも選挙の管理執行に関する手続規定に違反するというべきである。

三、以上に列挙した各事実は、これを個々に取り上げてもそれぞれ選挙の規定の違反がありそれが選挙の結果に異動を及ぼすべき虞がある場合にあたるとするに足りるというべきであるが、各事実全部を総合するときは右の場合に該当することは疑を容れない。よつて、本件選挙は無効であり、原告らの主張を排斥した原裁決は違法であつて取り消しを免れないから、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

第三被告の主張

一、原告らの主張事実中、原告らが本件選挙における選挙人でありその主張のとおりの異議の申出をなし申出棄却の決定に対しその主張のとおりの審査の申立てをなし申立て棄却の裁決書の交付を受けたこと、本件選挙が四ケ所の投票所で行われ、代理投票の総数が一三七票であり、そのうち第一投票所における分が六七票あつたこと、中沢候補の得票が二、六〇六票、坂内候補の得票が二、五八二票であつたこと、第一投票所における選挙人吉沢ミワが原告ら主張のとおりの投票をなし、代理投票調書に同人につき原告ら主張のとおりの記載があること、第二投票所における選挙人近藤藤吉及び吉田ツヤの両名が原告ら主張のとおりの投票をしたことは何れも認める。本件選挙に関し原告ら主張のような選挙違反行為の行われたこと、田上村選挙管理委員会が原告ら主張のように選挙権者に投票所入場券を配布せず選挙権のないものにこれを配布したことは何れも知らない。その余の原告らの主張事実はすべて否認する。

二、原告ら主張のように本件選挙を無効とすべき理由はない。

(一)  本件選挙における代理投票の手続はすべて適法に行われた。

(1) 第一投票所及び第二投票所の各投票管理者及び投票立会人は、何れも代理投票の申請者の申請を十分聞き取り得る席に位置し、申請者の述べる代理投票の事由を聞き取つて代理投票の許否を判断していた。

(2) 第一投票所における吉沢ミワの投票については代理投票調査の記載(しかも本件選挙外の村議会議員の選挙についての記載)を誤まつたものに過ぎず、代理投票の手続自体は全く適法に行われた。また第二投票所における近藤藤吉ほか一名の原告ら主張のような投票も本件選挙の手続きを違法とする事由とはなり得ない。

(二)  原告らの指摘するような買収行為等があつても、選挙の管理執行に関する手続規定の違反があつたといえないことは勿論であり、著しく選挙の自由公正を阻害したともいえないから、買収行為等の存在は本件選挙を無効ならしめるものではない。

(三)  本件選挙の選挙期日現在における選挙人名簿登録者数は五、五五五人であり、その内選挙の当日選挙権を有しないものが七三人あつたから当日の有権者数は五、四八二人であつて投票数は五、二六五人であつた。その内無効投票が七七票あつたから有効投票の総数は五、一八八票であり、その内の代理投票数は第一投票所六七票、第二投票所四五票、第三投票所一〇票、第四投票所一五票合計一三七票であつた。田上村選挙管理委員会の決定の内で代理投票の総数を一三五票としたのは錯誤に基づくものに過ぎない。

(四)  投票所入場券は、それを事前に交付することによつて選挙の期日、場所を周知させ、かつ投票当日投票所において選挙人であることを確認するためのものに過ぎないから、仮に田上村選挙管理委員会において入場券の配布に関し原告ら主張のような過誤があつたとしても、これを選挙の規定に違反したものということはできない。

三、以上のとおり、本件選挙において選挙の規定に違反した事実は全くないのであるから、本件選挙を無効とすべき事由はなく原告らの審査申立てを棄却した被告の裁決は正当であり原告らの本訴請求は理由がない。

第四立証<省略>

理由

一、原告三名が何れも昭和三八年四月三〇日に施行された新潟県南蒲原郡田上村村長選挙(以下本件選挙という)における選挙人であつたこと、原告らが右の選挙が無効である旨を主張して、その主張のとおりの経過で異議の申出をし、申出棄却の決定に対して審査の申立てをなし、被告から申立て棄却の裁決書を交付されたことは、何れも当事者間に争いがない。そこで、右の選挙が無効であるという原告らの主張事由について順次検討する。

二、(代理投票手続の瑕疵について)

本件選挙が中沢倉次、坂内淑男の二候補者のみによつて争われ、その得票数は前者が二、六〇六票、後者が二、五八二票であつたこと、本件選挙の投票が四ケ所の投票所に分れて行われ、投票中に代理投票の数が合計一三七票あり、その内第一投票所の分は六七票であつたことは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第五号証の一、二、本件弁論の全趣旨により真正に成立したことを認め得る乙第二、三号証、同第四号証の一ないし四によれば、本件選挙の選挙期日現在における選挙人名簿登録者数は五、五五五人であり、その内選挙の当日選挙権を有しないものを差引いた有権者数は五、四八二人、投票者総数は五、二六五人でその内有効投票の総数が五、一八八票であつたこと、及び右有効投票中代理投票の数は第二投票所分が四五票、第三投票所分が一〇票、第四投票所分が一五票で、前示第一投票所の六七票を加えて代理投票の総数は前示のように一三七票であつたことを認めることができる。成立に争いのない甲第一ないし第三号証、同第五号証の内右認定と異なる記載部分はこれを採用し難く他に右認定を動かし得る証拠はない。

次に原告らは、(一)第一投票所における代理投票の手続には代理投票の事由の有無の審査手続を全く欠き、(二)補助者を選任せず、(三)投票の代理記載が他の補助者の立会いなしで行われた違法がある旨を主張する。しかし原告主張の右(一)及び(二)の点についてはこれを確認するに足りる証拠はない。また右(三)の点については、証人江部タキノ、川口久悦郎の各証言によると第一投票所における代理投票者六七名の内には他の投票補助者の立会なしで投票の代理記載をしてもらつたものが一、二名あつた事実を窺い得ないわけではない。しかし、右の事実があるからといつて直に原告らの主張するように同投票所における代理投票の全部若くは相当多数が右と同様の方法で行われたものと推認することはできず、他に原告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて前掲乙第四、五号証の各一、証人小柳清八郎、大塚豊二、田巻浩、田代サクヨ、岡田旨外、遠間信雄、大橋宣子、小柳アキ、吉沢ミワの各証言を総合すると、第一投票所(田上小学校)における投票は、投票管理者小柳清八郎、投票立会人大塚豊二ほか三名の管理の下に行われたが、投票管理者は投票開始にさきだつて代理投票の補助者として田上村役場の職員である遠間信雄、大橋宣子の両名を選定し、右両名はこれを承諾し、投票立会人にも異存がなかつたこと、同投票所における投票総数は二、四六六票でその内前示のとおり六七票の代理投票があつたこと、同投票所における投票は、入口附近に設けられた受付係で投票所入場券と引換に番号札を受け取りこれを名簿対照係に呈示して確認を得た上投票用紙交付係から投票用紙を受け取つて投票記載台に赴くという順序で行われたこと、代理投票の申請をするものは受付係に対して申出る場合もあり投票用紙を受けとつてから申出る場合もあつたが、何れの場合にも受付係附近に位置していた前記二名の補助者の何れかにおいて代理投票調書に申請者の住所氏名等を記載して拇印を押させ、受付係の背後に位置する庶務係小柳佳一郎を通じて代理投票の申請のあつたことを投票管理者に伝達したこと、投票管理者及び投票立会人の席は庶務係の背後にあつて右の申出を聞きとりその状況を見透すことができ代理投票を申出た者が何人であるかを知りうる位置にあつたこと、投票管理者等は個々の代理投票申請者の殆んど全部の者につき自署不能のものであることを知つており、特に不審と思われるような申請もなかつたので結局代理投票の申請全部を許容したこと、投票の代理記載をする手続としては、前記補助者二名が代理投票申請者を伴つて投票記載台に赴き申請者の投票を希望する候補者名を聞き取つて大橋宣子においてこれを投票用紙に記載し遠間信雄は傍に立会うという方法が概ねとられたことを、認めることができる。以上認定の事実によれば、第一投票所における代理投票の手続は概ね適法に行われたものといわなければならない。なお前掲乙第四、五号証の各一及び証人松尾リヨの証言によると、同投票所で代理投票をした松尾リヨは元来自署の能力を有するものであることが明かであるけれども、同人が選挙事務従事者から代理投票を強いられたという原告らの主張事実については、証人川口清五郎、中野フヱ、小管ハツイの各証言中右主張に副う部分はこれを採用しがたく、他に原告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。むしろ右松尾証人及び証人大橋宣子の各証言によれば、松尾リヨは投票当日眼鏡を持参せず自署が困難であつたために自ら希望して代理投票を申し出たに過ぎないことが窺われるから、同人の代理投票を違法なものとすることもできない。更に、同投票所における選挙人吉沢ミワが本件選挙で代理投票をし同時に行われた村議会議員の選挙については自署投票をしたのに代理投票調書には双方について代理投票をした旨の記載がある事実は当事者間に争いがないけれども、このような事実があるだけでは原告ら主張のように第一投票所での本件選挙における代理投票手続が杜撰なものであつたとすることは到底できないから、原告らの右主張も採用の限りでない。

次に原告らは、第二投票所における代理投票の手続にも、代理投票の事由の有無の審査手続を全く欠き、補助者を選任せず、補助者でもない選挙事務従事者松原芳夫によつて投票の代理記載が立会人なしで行われた違法がある旨を主張する。そして、証人山本スミヱ、大橋千代、笹川徳次、関本キヨ、久保田タケの各証言によれば、同投票所における代理投票者四五名の内には代理投票の補助者に指定されていない庶務係松原芳夫によつて投票の代理記載をしてもらつたものが二、三名ある事実及び右松原芳夫は立会人もなく単独で代理記載をしようとして他の選挙人から注意を受けたこともある事実を窺い得るもののようでもある。しかし、一方証人松原芳夫の証言によると、同人は第二投票所における庶務係として代理投票調書の作成等にあたつていたので、代理投票申請者はすべて松原の席の前に赴いて住所氏名等を申告し、なかには投票用紙を手にした後に松原の所ではじめて代理投票の申請をしたものもあつた事実が認められ、この事実から推すと同投票所における選挙人の中には代理投票申請者と松原との応待を見て松原が投票の代理記載をしたものと見誤まつた場合もあつたことを窺い得るから、前掲各証人の証言中原告らの前記主張に副う部分はそのすべてをそのまゝ採用することはできない。そればかりでなく、右のような違法な事例が二、三あつたからといつて、直に原告らの主張するように同投票所における代理投票の全部若くは相当多数が右と同様の方法で行われたものと推認し、はじめから代理投票の補助者も全く選任されなかつたものとすることはできず、他に原告らの前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。却て前掲乙第四、五号証の各二、証人小柳広太郎、佐野四郎、藤田春松、今井カウ、中川フミノ、小柳健造、野本泰三、松原芳夫、今井ツヤ、藤田モト、宮口チヨノの各証言を総合すれば、第二投票所(羽生田小学校)における投票は、投票管理者佐野四郎、投票立会人藤田春松ほか三名の管理の下に行われたが、投票管理者は投票開始にさきだつて庶務係松原芳夫の進言を容れて代理投票の補助者として田上村役場の職員である小柳健造及び野本(当時坂口姓)泰三の両名を選任し、右両名はこれを承諾し投票立会人も異存がなかつたこと、同投票所における投票総数は一、九五四票でその内前示のとおり四五票の代理投票があつたこと、同投票所における投票も第一投票所について前示したところと同様の順序で行われたこと、代理投票の申請をするものは受付係に対して申出る場合もあり投票用紙を受けとつてから申出る場合もあつたが、何れの場合にも投票用紙交付係の傍の庶務係席で松原芳夫が代理投票調書を作成し代理投票の申請のあつたことを投票管理者に伝達したこと、投票管理者及び投票立会人の席は代理投票の申出を聞きとりその状況を見透すことができ代理投票を申し出た者が何人であるかを知り得る位置にあつたこと、投票管理者等は個々の代理投票申請者の大部分につき自署不能のものであることを知つており、特に不審と思われるような申請もなかつたので結局代理投票の申請全部を許容したこと、投票の代理記載をする手続としては、前掲二名の補助者が代理投票申請者を投票記載台に伴い、一名(多くの場合小柳)が申請者の希望する候補者の氏名を投票用紙に代理記載し他の一名がこれに立会うという方法が概ねとられたことを、認めることができる。以上の事実によれば、第二投票所における代理投票の手続もまた概ね適法に行われたものといわざるを得ない。なお同投票所における近藤藤吉及び吉田ツヤの両名が本件選挙では自署投票をし村議会議員選挙で代理投票をした事実は当事者間に争いがないけれども、この事実のみによつて原告ら主張のように同投票所での本件選挙における代理投票手続を違法なものと推認することは到底できないから、原告らの右主張は採用の限りでない。

以上のとおりであるから、本件選挙における第一及び第二投票所での代理投票の手続は、被告の主張するようにそのすべてが全く適法に行われたものということはできず、その一部において公職選挙法の規定に違反するもののあつたことを否み得ないけれども、さればといつて原告らの主張するようにその全部もしくは相当多数が違法であつたとするためにはこれを認めるに足りる充分な証拠がない。そして、右の程度の違法な手続が行われただけでは、前示したような両候補者の得票数の接近等の事実を考慮に入れても、未だ右の違法が本件選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合にはあたらないと解するのが相当である。したがつて、代理投票手続の瑕疵を以て本件選挙の無効原因とする原告らの主張は理由がないといわねばならない。

三、(その他の事由について)

先ず原告らはその主張のような広範囲の選挙違反が行われたことはそれだけで公職選挙法第二〇五条にいわゆる「選挙の規定に違反することがあるとき」に該当する旨を主張する。しかし、右の法条の意味するところは、選挙管理の任にあたる機関が選挙の管理執行の手続に関する規定に違反したとき若くは直接明文の規定には触れないが選挙法の基本理念たる選挙の自由公正の原則を著しく阻害するような管理執行をしたときを指すものであつて、候補者や選挙運動者が選挙運動の取締規定に違反したような場合を含むものではないと解するのを相当とする。したがつて、原告らの右主張はその余の判断をするまでもなくその主張自体理由がないといわざるを得ない。

次に成立に争いのない甲第一ないし第六号証の記載によると、田上村選挙管理委員会が原告らの異議申出に対する決定の内で示した本件選挙の投票総数、有効投票数等が原告らの主張数と相違していること、殊に同委員会は右決定では代理投票の総数を一三五票、第二投票所における分を四五票と原告らの主張よりも何れも二票づつ少く認定したが、後にいたつて代理投票の総数のみを原告ら主張数のとおり訂正し、被告の裁決も右の訂正が正しいとしたことを認めることができる。しかし、原告らの主張するように、原告ら主張の数が当初田上村選挙管理委員会の選挙録等に記載されていた数であるとの点についてはこれを認めるに足りる証拠はないばかりでなく、代理投票の総数につき前記の訂正がなされたということだけでは本件選挙を無効とすることはできないから、この点に関する原告らの主張も採用の限りでない。

次に証人荒木高治、坂之井チイの各証言によれば、田上村選挙管理委員会は本件選挙に際し選挙権を有する坂之井チイに投票所入場券を配布せず、その娘で選挙権を有しない坂之井一枝に入場券を配布した事実が明かである。しかし、投票所入場券は投票当日投票所でその持参者が選挙人であることを確認するための一の手段としてあらかじめ選挙人に配布するものに過ぎないから、その配布につき右のような過誤があつたからといつてただそれだけでは選挙の規定に違反するものということはできない。したがつて、この点に関する原告らの主張もこれを採用することができない。

四、結局、本件選挙の無効原因として原告らの主張する事由はすべてこれを認めることができず、原告らの審査申立てを棄却した被告の裁決は正当とすべきである。よつて、原告らの本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大場茂行 町田健次 秦不二雄)

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